私が私をつまらなくする
魚の小骨みたいに、引っかかっている事がある時に「日常」を当たり前に過ごす事のなんて難しいこと。。。
日常、が、こんなにも難しいものだったなんて。
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全てがネガティブに全振りしてる今、ほんとに私の頭の中ってば、同一人物なのかと問いたくなるくらい、誰から構わず難癖をつけようと脳内で待ち構えている。
普段なら全く気にならない些細なことも。
敢えて波風立つような返信を送ろうかとか。
ついうっかり(うっかり?)送ってしまってから、LINEの送信取消を押す。痕跡だけ、残る。
相手は開封前だ。
波風立てたくて、立ってるの、結局自分の心の中じゃん。笑える。
なんでまぁ、こんなに惚れ込んでる物件だったのにさっさと購入しなかったのか、結局、つまるところ「ご縁が無かった」なのか。
いや、でも、物件だけじゃなくて。
引っ越ししたらこーゆーインテリアにして、とか。あそこにあれ置いて壁紙と床はこれにして、キッチンのレイアウトは、スライドレールの引き出し収納の中はこうやって整理して…と、かなり、細部に至るまで想像していたから、ふと我に返って現状という日常を生きると、「引っ越しするつもりで買い替えをせずにいたソファ」みたいなものが、もう、もはや、憎らしくすらある。
なんで私いつまでもこのソファに座っておかなければならないのよ!!!!!!みたいな。
すごくすごく、おかしな、怒り。
全ての物事への愛着みたいなのがすうっと消えて遠ざかってる感じで、それは、とても、マズい。子どもとかに対してすら、ちょっと消極的な自分、「やらされてる」感。
こんな感情、産んでから持ったこともない。
すごく、よくない。よくないわ。
例えば以前なら子どもと時間を過ごすのに、こんな遊びをやってみたらいいんじゃない?とか思いついてあれこれアイデア出して、一緒に楽しめるように、みたいな時間の使い方をしていた。それが、ない。
こーゆー親に育てられる子どもが、可哀想だ。みたいな。そんな感情も、多分初めてくらいなのでは、、、
人ってこーゆー思いがけないスイッチ一つで鬱になったりするからなぁ、とぼんやり思ったり。人としての「私」がつまらなくなって魅力がなくなって、それに嫌気がさして離婚されるとかそーゆーことも起こり得るんだろうなぁ、みたいな、ぼんやりした感情。
去年まで、そんな事100%考えてもいない感情。
私が、私をつまらなくしている。
何処かに、何処か微かにでいいから、抜け出せる穴を、光を、探す為にこうやって文字にしている。気がする。
それにしても、インスタやらTwitterやらなんやら、見まくっていたおかげで家アカウントやインテリア、工務店みたいなプロモーションばかり流れてきて、「一旦諦めなければならない」この状態の私にはちょっと、酷すぎる。
久々にやるかな。ネット断ち。
ここは、発信だけだから関係ないけど。
溜め息の、嵐。
物件に振られて、失恋したみたいな心境になっている。
もう地元に帰る方法もないし、そう地元に帰りたかったわけでもない。
これはもう、それまでの付き合いからは離れたままでいろ、みたいな神の啓示なのだろうか。
思い返せば、確かに強く「あの頃に戻りたい」みたいなことを願ったりすることは生きてて何度かあるのだけれど、同じ環境に戻ろうという選択をしたことはないかもしれない。
勿論、10年も経って今から地元に戻ったところで「おなじ環境に戻る」には入らないのだろうけど、それでも以前の人間関係が残っているところに帰る、という感覚ではある。
もしも地元に戻ったら、きっと妹が入り浸るだろうし(それはごめん被りたい)親友だってちょこちょこ来るだろう。
その割に、地元=地方にいくということだから、子どもの進学に関することではメリットは少ない。私の地元の友達も、同じ学年の子どもは少ない。いても小学校は別だ。
・・・とは、いえ。
なんとか自分の心を整理して冷静になろうと思ってみるものの、全国の他の物件をSUUMOあさりして見てみるも、全然、全然惹かれない。いや、惹かれるところは購入予定だった物件の倍の金額はする。
宝くじでも買う?とか一瞬愚かな考えも過ぎるけど、お金があったところでもうあの物件は売れてしまったし、次に購入検討するならもう首都圏だ。(我が家は新宿まで30分切るところにある)
そっか・・・もう戻れないのか。地元の地域はそれなりにとても好きだったんだけどなぁ。
人と会ったり話したりすると、もう暴言とか吐いてしまいそうな勢いなので、人と会いたくないwなんとなく戻るかもと匂わせてた地元友人たちとも連絡を取りたくない。
(こういうモードに入っている時に限って連絡してくるのが、私の妹と、タイミングの悪い友達だ。たまにいるよね、ビックリするくらいタイミングいつも悪い人。好きな友達ですら、そういう人が中にいる)
ここに吐き出してるのも、誰かに読んでもらいたくない。読んでもらうためには1ミリも書いていない(酷い)
読んでもらうためなら、せめて、もう少しでも文章の体裁整えて、おもしろおかしいものを書きたいというのが本音。
ふぅ。
泣きっ面にスズメバチ、更に七転び八起きあがれない。
そして、結局。
家を購入しようとしていたのだけれど、先に申し込みがあった人が通り我が家は買えませんでした。ちゃんちゃん。
・・・・てすんなり切り替えられたら何も問題ないのだけれど。
葛藤を繰り返し、頭の中で壁紙の型番まで妄想し、それに時間を費やし、あーでもない、こうでもないとやってきた結果が、「買えませんでした」・・・でそれで気持ちが落ち着くわけがない。
いや、まじで無理なんですけど。
というか、ここ数日、ほんとに踏んだり蹴ったりで。
家を購入するために職場を手放した。転職した。オファーされたので。
そこまでは良かったけど、○○を担当させてもらえる、のつもりで受けたオファーが、二転三転して予定とは違う、私が興味が薄いものを担当することに。いや、その前に、結局家買えなかったというのに、前の職場を去る必要がそもそもあったのか。
最近コロナが落ち着いて、出社がちょっと増えそうだ、以外何も問題ない職場だった。
ITの最先端で顔認証で出入りするような巨大企業。それでも、出社は子育て中の私にはネックで。でも人間関係とかサイコーだった。
そんなところに前の仕事の人からオファー。フルリモート。・・・引越ししてもできるじゃん!しかも、辞めてから引っ越して職探しをしなくていいという最高の条件。
飛びつくよね。
でも、もしかして飛びついたのは失敗だったのか???
他のものを担当してもらいます、からの仕事は2月開始。(1ヶ月あく)ってことは1ヶ月分の給料がないわけで。でものんびりできるわと思ってた矢先・・・
子どもがインフルに。いやいや、保険入ってない!!!!!(汗
自費で20,000円もかかりました。さーらーにー。
義実家の義父が様子がおかしいので見に行くと想像通り、脳梗塞。
で、家は申し込みするも購入できず、もう、もう、もう、踏んだり蹴ったり・・・のところで私もしっかりインフルをもらい、現在38.3度。いや、無理!!
週末には新しい会社の人と飲みに行く予定でした・・・。
なにこれ。
なにこれ。
なにこれ?
私なんかした!?
なんでも1月22日は「水瓶座の新月」とやらでその日を境に今年の運勢に切り替わるらしいとちらっと見たんだけど。幸先悪すぎ。めちゃくちゃ気にいってた、かれこれ半年以上悩んでた物件購入できないとか。
これで子どもの小学校、今の分譲賃貸から通うこと確定で、ほんと、現実についていけない。逃げたい。無理。
今日は愚痴しか出ません。
普段はあんまり愚痴吐かない方なんだけどな・・・
家は縁っていうけど、ホントにやっとやーっと探し当てた自分たちに合った家だと思ったのに。もう多分、数年は出てこない。そして数年経つと私たちは年をとるわけで、ローンが組みにくくなる。家、買えない。
一生賃貸なんてごめんだわ。まじで、無理。
あーあ。
枯山水
他人からみて幸せそうに見えるか否かーそれは実は当の本人にとっては何一つ関わりのないことである。
けれど中には、他人からみて幸せそうに見せることに全力を注いでいる不幸な人もいる。
…さて、真の幸せとは?
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夫が決断しない。決断力がない。と見える。
私は即断即決の江戸っ子気質(出身関西だけども)で、突き詰めてしまうとどうしてもそこが合ってない気もする。
けれど他の誰かには務まらない。彼の妻や私の夫は。
ある意味バランスの取れた、でもアンバランスな関係。
いざ家を買う、契約する、みたいな段階になって、今まで散々考えてきただろうに、「大金を使う」みたいな決断に怯み、今更過ぎるリスクとかをまた持ち出された。
いやいや、そこはもう随分前から考慮しているところなのでは?なんで今更蒸し返す?
ローン嫌いなの、気持ちわかるけど、そもそも今の時点で一円も出さなくていいとすら言っていて、「私の」ローンだ。
押し問答がこうも続くと、やっぱり最終的に決断できないのじゃないか、と私は疑い、あーもうあの家買えないんだ、買えないならああしよう、こうしよう、みたいな理想を頭の中で駆け巡らせるのもものすごくセーブしなければ、本当に買わない事になった時、メンタルの痛手が大き過ぎる。
いやいや。私がどれだけ件の物件のことでもやもや、悶々と、延々と、ぐだぐだと、試行錯誤し、ホントにあの広さで、あの感じでいいのか、とか子どもの進学で不利じゃないかとかも頭を悩ませて、それでもあの物件がいいから突き進もう、と決意を新たにし、いざ、もう、申込みしようか、という段階において。
リスクが、ローンが、売りたいときに売れない土地かも、進学が…てなんかもう、買いたくない言い訳みたいにすら聞こえてくるから、ほんっっとに私が自分の思考を止めないと、しんどくて仕方がない。いや、仕方がなくなる。
そんな事なら。
色々見越して仕事を変えるとかも急がなくて良かったし、周りに話もしてはいけなかった。もう、私は、すぐ、目の前まで、手を伸ばせば届く距離までその物件があるというのに。
もう。
なんでこのタイトルにしたのか、自分でもよくわかっていない。
でも今の心境にピッタリはまった。
ある意味押し殺した自分。でも、優雅な
静寂でもある。固いが流れがあり。そこに生命の息吹はない。温かさと冷たさが同居している、頭の中がぐちゃぐちゃしているけど妙にクール。
私即決して、そんなに後悔した事がないんだよなぁ…なので慎重派の気持ちはちょっと解りかねる。
というか、即決後、穴に落ちても這い上がるから後悔はしない、みたいな方が言い方としては正しいかもしれない。
もう、どれだけ、ネットや、カタログや、インスタの家アカを検索しまくって理想を作り上げようと考えまくってたと思ってるんだ…
ホントに、もう。←疲れ気味
2022.06.07
今書いてるブログ、を今書いているということを示す為に日付をタイトルにするという、妙な矛盾。…妙でない矛盾、とは?
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今日は親友の誕生日だ。彼女は43歳になった。
私には親友と呼べる友が4人いる。それとは別にソウルメイトが1人いる。なかなか幸せな環境だと思う。
今日誕生日の親友、心友は、高校の時に部活の後輩として同じパートに入ってきた。
元々本来なら「私」という性格は、年齢に上下で線引きをし、国籍や出身地やなんなら学歴でも一定の線引きをするタイプだった。差別という事ではなく、流行りの?マウント取るとかいうものでもなく。自分の中での線引き。
私は年上なんだからちゃんと見本にならないと。
私は年下なんだから敬った態度でいないと。
お姉ちゃんだから。
女だから。
関西人だから。
背が高いから。
あそこの中学出身だから。
多分こういう感覚の根源は
「あのお母さんの子だから」があると思うのだけど、母はプライドなのか見栄なのか、子どもをきちんと育てなきゃ、の感覚の大元が間違ってる人で、(でもあの時代ならある程度それがスタンダードだったのかも)シングルマザーの子と仲良くしていたら咎められ猛反発した事もある。(全くもって、今の時代では生きられないタイプだよなぁ、こんなこと書こうものなら大顰蹙。。。)
そういう母の元で育った私は「今自分はこの立場だからこういう態度でいなければ」みたいな考えがベースに根付いてしまっていて、そういう私の心の壁をいとも簡単に乗り越えて心友の座に収まってしまったのが、その彼女。
後輩なのに、心友になった。
1言えば10まで言わなくてもほぼ通じる。私とはまるでタイプの違う、破天荒ムードメーカータイプ。(だった。高校の時からは)
頭はいいはずなのに高校では10段階で1や2ばかり並んだ成績表を見たことがある。それでも頭がいいと思えるから多分付き合いが続いてる。もう26年ほど。
年齢が違うだけでなく、国籍も違った。在日韓国人3世だ。だから韓国語は読みも書きも何もできない。家でも日本語のみ。韓流ドラマにハマっている私の方がハングル読めるんじゃないかというほど。
そういう何処かの誰かが決めた分類での「違い」を表面的でなく気にさせず、私の心を丸裸にして、家族よりも家族っぽい立ち位置に彼女はいる。
多分随分私を変えたのは彼女なんだと思う。
そういう彼女と、10〜12年周期のような感覚で、やたら蜜月だったりやたら距離があったりする年月が交互に来る。
距離は物理的な距離で、しょっちゅう連絡するのは特に変わらない。けれど蜜な時は週に3回仕事後飲みに行って、土日も前に入ってた楽団で、フルで一緒にいる、みたいなレベル。
そんな彼女と10年前に私が転職で上京し、物理的距離があいた。
その時も、また多分周期が巡ってきたら当たり前に一緒にいるんだろう、形は変わってもと思っていた。
この状況で、私に今地元近くに家を買う話が急浮上。そんなに帰りたいと切望してるわけではないのだけど、夫婦でとても気に入っている物件。
これはもしかして、もしかするかもしれない。
また彼女との周期が巡ってきてるのかもしれない、と、「家を買う」みたいな一大イベントをやっぱり何か運命的なものに巻かれているような気がしてしまうくらい、彼女の威力は強いのかもしれない。
誕生日おめでとう。いつか一緒に住んでそうだよね…w
無題、という題
いつ書いたのかわからないPART4
多分PART3から10年後(笑)
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10年くらい放置していたブログを開けてみた。
ログインのメールアドレスに設定していたものはもうとっくに使用出来なくなっていたフリーのメールアドレスだった。
たまたまパスワードを思い出し、そそくさと設定のメアドを変更する。
文章が書けなくなって、昔使ってたmixiとかもやめてみて、ここに移ったように記憶しているけど、
たった3つでリタイアしていた。3日坊主ならぬ、3日blogの私。
10年も経過しているのに、過去のそのblogが「あの時のあれかー」と懐かしい気持ちにさせる。
10年、経った今の私は10年前の私が想像もしてなかったところにいる。
ちゃんと結婚もして、関西から東京に上京もして、子供も産んで、まさかの産休復帰して仕事までしてるよー(笑)
だからそのまま、その間ちょっとツライこととかもあったりするけど、前進あるのみ。突き進んでいいよ、と伝えたい。
ま、今だって上がったり下がったり、色々あるけれど。
ちゃんと私が悩みながらも生きてた意味、みたいなもの、見つけてそこそこ幸せにやってるよ、と。
多分ホントにしんどかったのだから。
今ならblogのタイトルに、「堕ちていく時間」なんてつけない。
過去の自分を否定はしてないし、過去の連続が今を作っているのだけど、
そのタイトルのセンスはどうなのよ、と一人ツッコミ(笑)
ふふ。
10年、早いなー。
慣れないフレンチ
いつ書いたのかわからないPART3
ーーー
小学校からの親友が生徒会に入って引き離された
(ように感じた)し、幼馴染の好きな子は
親の転勤で横浜に転校していった。
転校・転勤・転職・結婚・失業・・・
なぜかそういうものに巻き込まれて遠くへ行ってしまうのが、
「ここ一年で急に欠かせない存在になった人」が
欠かせない状態の時に、だったりするのだ。
この女子大生たちもそう。
10年以上も楽団を続けていると、波だってある。
精神的に義務化されると、息苦しくなる。
楽器を吹く、以外のモチベーションをあげるのが、
人間関係の楽しさ。
7つも年下の女子大生と話が弾むのは、
恋バナがきっかけかなぁ。
オシャレのセンスが似てるとか?
でも「練習に行く=その子たちと語る」くらいの
目的になってたのに。
就職決まって、敢え無く転勤。あぁ、セツナイ。
同じパートで、送別お食事会をすることになったらしく。
ホルンとトロンボーンの10人弱のところに、
「あの二人と仲良しだから」
っていう理由でクラリネットの私にもお誘いが。
プレゼントを持って、参戦してきました☆
フレンチのフルコース!
(いや、全然似合わないメンバーなんですが、
その中の一人が昔そこでバイトしてたとかなんとかで)
一番最後に席につくと、隣はいつもお気に入りの
ホルンのオトコマエ19歳でした(笑)
あ、こーゆーの参加するんだ~、と思った。その時。
もちろん19歳がフレンチなんて食べ慣れてるワケもなく、
ぎこちなく食べてる姿が楽しかった、けど、
私も食べ慣れてないから
「これ何だろ・・(笑)」とか言いながら食べてた。
帰りに、理事長が、19歳に。
「あーY、アイツ送っていってやってくれん?
ここからだとそっち方面だし。」
と私を指さして。
突然、車で二人になることに。
・・・ていうと、なんだか意味深だけれども、
特に深い意味もなく。
単に10コも下の男の子に送ってもらうのが、
なんだか新鮮だった。
しかも、いつもお気に入りーと思いつつ、
二人で10分以上も話すことなんて
なかったし、なんだか空気がどきどきしていた。ただそれだけ。
フツウに家まで送ってもらって、フツウにお礼のメールして。
「なんか新鮮でしたね、また機会があれば
そこくらいならいつでも送りますよ。また話きいてください。」
みたいな返信が。なんだか、かわいい。
ほのぼのした気分で、眠りについた。