寮母さんとかになってみたい人生だった。
1秒時計の針が進む度に体内の細胞の何処かが生まれ変わっている。つまり、1秒前の自分と今の自分とは、同じ自分ではないということ。
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とあるドラマ(ドリームチーム)でバスケの顧問をやっていた夫と共に、そこの寮母さんをやっていた余貴美子さんがいて。
「初めから寮母になりたかった、なんて人いないわよ」というセリフがあった。
ちょっと、引っかかってしまった。だって、10代の頃の私の、幾つかある夢の1つに、学生寮みたいな下宿を経営していて、そこで下宿人たちにたまにご飯を振る舞うような、寮母さん的な存在があったから。なんだっけ。あだち充の漫画にそういうのがあって。そういう、内輪で和気藹々的な、その中でも食を司るという、脇役であって脇役でない、そういう温かな存在に酷く憧れたから。
もちろん、土地も建物も持っていない、そんな私が寮母さんとか下宿者のおかみさんみたいなのになれたわけではないのだけど、みんながみんな、なんとなくプライベートを共有していて、その中で起こり得る人間ドラマみたいなものに「浸かっていたい」みたいな願望があった。
だから、初めから寮母になりたかった、なんて人、此処にいますー!!
って、叫びたくなった。叫んでないけど。
多分、ちょっとやっぱワタシは変わっているんだろう。それも個性でいいのだけど、割としょっちゅう思うこと。なんだか、周りにいる、似た環境の人たち、クラスメイトとか、近所の人とか、そういう人が当たり前に考える、標準的な考え方、が、もしもあるとしたら、随分私は思考が掛け離れている気が、する。していた。
そういう、ささやかな夢みたいなものはもちろん幾つもあったから、他にも、「年寄りになって町のはずれにある一軒家に住んでいる、町の大人たちがあそこには近づいちゃいけませんよ、と言われるような、でも子供達からはこっそり大人気のおばあさん」みたいなものになりたかったりした人生だった。(こっちはまだ、可能性はゼロじゃないな、うん。)
他にも、児童養護施設のようなところで住み込みで働く人とかになりたかったし、普通の夢としては新聞記者にも、弁護士にもなりたかった時期があった。
何故か中学の時とかは、すっごい厳しくて他の生徒が避けたがる国語の先生がとても好きで、その先生を慕っていることがもう一人の人気のある国語の先生に気付かれていて、そちらにはあまり好かれなかった記憶などもある。二人とも女性の先生だ。(このエピソードは、いつか、またそのうちに。根深い話がw)でも中学の好きな厳しい先生に惹かれ、国語の教師になることも夢見たりした。
自分のことを変わり者とか、ちょっと異質なのかとか思い出したのは、いつのことだったろう。多分私の母親がやたら個性の強い、その時代にはあまりあってなかった人だったことの影響が多いかもしれない。
そのドラマを見た、今実際に寮母さんをされている人は、どんな心境だろうか。
できれば、私みたいに「なりたくてなったんだよ〜そういう私もいるから!」とテレビに悪態?をついていてほしい。
というのが、ほんの希望です。雪柳の、季節ですね。
あのドラマ、よく出来ていて、割と面白いです。特にアラフォーの私には。