灼熱の木曜日/日々、徒然。

日々、思うことを書き綴っています。

自分を形作っているモノ

今週のお題「下書き供養」

 

・・・なんだけど、下書きにある記事を読んでみたら恥ずかしくなってそっと閉じた。

過去の恋愛を思い出すようなことが書いてあった(照

 

過去のblog、全然違うサイトのをそのままUPしてもいいかと思うようなものもあるけれど、なんというか、文体が、若い。情熱を帯びていて、何かに対する期待、と不安。そういうものに溢れている。それを経ての私、なのだけれど、今はとても恥ずかしい。

文章を書くことが好きだった。

一時期、私は本名で、文章で、それまでは距離を感じていた友達たちに自分を曝け出すことをし、その結果、周りが沸き立つ、結束する、新たな「何か」を生み出す、そういうことを経験したことがある。

それってすごいことで、自分の選んだ言葉たちで人生を変えてしまった人もいる。

そういう経験って自分を有頂天にし、なんなら文章で生きていけるんじゃないかなんて錯覚し、けれど恋に堕ちて、一回自分が壊れ、いや、壊れきれず、文章を書く力だけが失われた。

他にも失ったものはあるかもしれないけれど、得たものも大きく、その結果、普通の恋愛と、普通の結婚生活と、普通にママになれた。

 

…というと、なんだか夫に失礼な気もするけど、夫と私は自分たちの中ではそこそこ大恋愛、共通の知人たちからも大恋愛、だと思われているので、そこには満足しているのだけど、私は今でこそ、此処にいるのが当たり前なのだけど、「此処に辿り着くために必要不可欠」だったのがその前の恋愛だ。

 

多分そのことを文字化しようとしたら、1冊の本くらいにはまとめられる。けれど、当時のリアルな感覚は日に日に失われているので、あの生々しい感じではきっと書けないから、それを文字化するのはとても難しい。

当時のリアルな感性で言葉にしたいけれど、あそこに引きずり戻されるのは、一回人間から動物になって、もう一回人間になるくらいのエネルギーが必要。

 

って、何言ってるんだ、ワタシ。

 

過去にいくつか恋愛をしてきて、大人になっている皆さん。(と、突然語りかける)

そんな人だらけのはずなのに、しれっとクールに日常を過ごしてるんですよね。

それがなんだか、可笑しくって。

 

恋愛って、してる最中はホント、激情ですよね。

落ち着いた結婚生活wを送ってるつもりの身としては、あの激情に翻弄される感覚が懐かしくなったりもしたりして。

…って、こういう感覚が人を浮気に走らせたり、するのかな…(それはマズイw)

 

でも、恋愛してきたことも今の自分にとってとても大切な通過点で、今の自分の一部でもあったりするから、そこを否定は全くする気にならないし、割と、過去の恋人たちも、それぞれにとても愛おしい存在であったりする。そういう感情は、持っていてもいいもの、ですよね?

いや、どうだろ。それすら裏切りだと言われたら。

過去の自分を否定することが必要だと言われたら。それって自分を裏切るか相手を裏切るかみたいな究極の二者択一になったりするの、、、だろうか。

これも私を形作っているモノなんだけど。

 

ま、そんな話は夫にはもちろん、しないんだけどね。

多分しても怒ったりしないけれど。過去は過去でしょとバッサリ切られそう?

元々、レンアイについて話したり語ったりするのが、とても好きなので。今はそういう話から遠ざかっているから(最近、年齢や環境のせいか、恋愛相談すら、されなくなってきてる)とても私、端から見ると、自主性とか話題の少ない人に見えてるかもしれないなぁ、なんて妙なことを気にしつつ。

 

語り出したら止まらない人なんだよーって周りにアピールしたい。

何故かは知らないw

人との会話、足りてないのかな???

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