灼熱の木曜日/日々、徒然。

日々、思うことを書き綴っています。

大きな壁の、中と外。

絶対的な安堵感は、人と人との関係性の中にあるのではなくて、その関係性を自分がどう感じるか?に求めるもののように、思う。

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2010/4/10

溜まっていた鬱屈とした想いを、全て吐き出した。
いや、吐き出すよりも先にきちんと読み取られていた。

勝手に分析されて、理解されていることの心地良さ。
同じ世界の言語を使う人は、数少ない。
これって宇宙語なの?某宇宙人の親友どの。

自分の周りをぐるっと囲んでいた四方の壁は、割と楽々飛び越えれた、と思ったら、四方の壁の外側は八方の壁が待ち受けていた。…世の中なんて、そんなモノ。

四方の壁の中にいる方が、もしかするとなんにも、なぁんにも見えなくて楽だった、かもしれない。

…て、以前の私なら、そう言っていただろうな。

でも、ちょっと今は違う。
割と明るい陽射しがあの八方の壁の向こう側から射しているような気が、するのだ。

気のせいかもしれないけど、進んでみる価値は、あるんじゃない?ま、失敗しても、いっか、くらいで。

八角形のお弁当箱に、真ん中だけ正方形の囲みがしてあって、その中だけ、ちょっとイイモノ、が乗っている。
そういう駅弁チックなものを想像した人、それ正解ね。

ここは満喫したから、正方形をよじ登って出てみよう。
画像の空模様は、四方の壁を、よじ登る前の私。が撮ったモノ。
もう一つは、よじ登って高みからどこに着地しようか考えている時の私。が撮ったモノ。


で、今は正方形の外で八角形の中にいる。
大きな壁の、中であり外であるこの場所に。

八角形の外界には、たった一本の道が、留まることを知らず真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐに伸びていれば、いいな。

四方の壁に囲まれた中は「自分」しか居なくって。
四方の壁から抜け出たら八方の壁の中には私の愛する人たちがたくさん居て。

壁に囲まれているからそこはホントはとても平穏な場所なはずで。
けれど私は抜け出すのだ。此処を。

愛する人たちを、連れて。


願わくば。
その人達にいつか言わせたいこのセリフ。

『アナタと居ると、それだけで何処にいても満足』

あ、もう言ってる人も、ちらほら。


それが時化た不味い珈琲しか出ない喫茶店でも、錆びれた雪山の山小屋でも、知ってる人が誰もいない外国でも、地獄でも、牢獄でも、自分が居たくない場所ですら。

寧ろきらびやかな玉座にポツンと居て、それが周りからみると如何に幸せそうな、羨ましいところだったとしても、そこに居て淋しい、の本心を誰よりも早く気づいてあげれる人でありたい。

その世界を、変えられると、「アナタにとっての私」の影響力はきっとそれっくらいはあると、確信しているから。

だから、私は此処を、抜け出すのだ。

愛する人たちを、連れて。連れにいく為に。


絶対、置いていかない。

私は欲張りだから、アレもコレも、欲しいのだ。
だから、絶対、置いていかない。

キャパはそんなに広くないから、連れていく人数なんてたかが知れているけど。



あーあ、こーゆーことを書くと、また能書き垂れてるよー、とか、メンドクセー奴、とかって思われちゃうんだろうなぁ…(笑)


でも、
メンドクセーから勝手に言っとけーサヨナラー。
ではなく、

メンドクセーけど、そこが面白くって、飽きないんだよね~スルメみたいで(噛めば噛むほど、ね)


っていう思考回路のそこのアナタが、好きです(笑)




告白、終わり。

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